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2009年1月25日 (日)

オタクによるオタクmemo&とらどら!の16話のケンカを見て

キャバクラ嬢のとっくみあいのケンカのように見えた。

木刀と竹刀を使っているのに相手を倒すための効率性が悪すぎるような気もする。

しかしあれはあくまで両者の真剣さと過酷さ、異常さを他者に納得させるためのギミックなので、木刀でのど笛突いて頸骨骨折や、竹刀で臑を叩いて足首を打 撲、腹部を叩いて肋骨骨折とかになると見ている視聴者が引くし、一体どこの爆音小僧になのかという気もするから「きわめて少女漫画ではありえないような真 剣な美少女同士の武器を持った殺し合いもどき」を理解させるには良いのかもしれない。

不運(バッドラック)と踊っち(ダンス)まったんだよ。!?

生徒会長はリアルハルヒのようにあんだけ立っているキャラなのに、話にほとんど関わらないのはもったいない気もした(しかしNASAで宇宙飛行士志 望・・・なんか”普通の人には無謀だがすごい人の未来で夢がある将来として現実感をなんとか最低限感じられる将来像”という気がした)。

正直この留学する原因が自分には意味不明でもある。生徒会長の人となりがよくわからないままに留学になってしまったからかもしれない。

しかし生徒会長も大河嬢とあそこまでのとっくみあいのケンカをしてようやく心情を吐露し、しかもそれが「自分に一緒に着いてこないように遠慮した」という のは一体どこの昭和の女かと。別に着いてこようが何だろうが、特に問題はしない、好きにしろというのが生徒会長本来のキャラクターではないか。それだけ相 手をおもんばかるほどには相手をにくからず思っていたのであれば、ここまでこじれる前にもっと上手く解決できるぐらいの余裕と技量はもっているのが生徒会 長のキャラクターであったようにも思われる。そこが残念でならない。

あまりにも唐突すぎる。いろいろと。伏線もろくすっぽないし。小説ではあったのかもしれないが。

なんにせよ生徒会長の退場とそれに伴う生徒会選挙、大河嬢の停学はオチに連なる怒濤の展開を予感させる。要するに尺がないから巻いた、としか見えなかった。

美少女同士のモビルスーツ戦もかくや、というとっくみあいのケンカは、それなりに面白いような気もした。あれはそのままどっちかといえば「ケンカしてお互いが心情を吐露」するのは少年漫画の技法のような気もする。

恐らくあのような美少女同士のケンカは、男性作家では厳しいような気もする。男性作家では父性的に、美処女同士が張り倒すぐらいはできても木刀と竹刀で 取っ組み合いはさせられないだろう。要するに男性作家は自分のヒロインに甘い。その点でいうならば、女性作家は自分のヒロインたちに関してどっか冷めてい るようにも感じる。同性ゆえなのか。

**

以下メモ。

「こどものじかん6巻」

今月のコミックハイで主人公少女は大股開きでシャワーオナニーをしている。6巻でもオナニーシーンがある。身体的にも性的に成熟し始めている。ナボコフの ロリータにおいて、主人公ハンバートハンバートは少女ドロレスヘイズをモノにしようと試み、モノにするが逃げられ、最終的には彼女が自分の手の届かないと ころで成熟した「母」になったことを知り、しかし彼はそのような中目の前の公園で遊んでいる他人の少女を見て、なぜここにドロレスが、少女としてのドロレ スがいないのか、と思うぐらいに未練たらたらである(ロリータという作品は、その後逮捕されたハンバートハンバートの日記という形式を取る)。

少女の性的な成熟と、恐らくはその次に待ち構えているであろう「父との離別と、男との精神的結合(身体関係含む)」という機微は、少し男性作家には難しすぎるような気がする。少年の性的成熟は主に欲望と妄想に形作られ、少女のそれとは大分異なるような気もする。

個人的にはこの先が興味深く、同時並行して動いてる。30代独身女性教師の変化についても興味深い。

「うさぎドロップ」6巻

5巻より10年が経過し高校生になる主人公。作者は「母と娘の和解」について描くのを放棄し、「高校生となった主人公少女の複雑な恋愛事情」に話をシフトしたように見える。
ここでは非常に興味深いキャラクターとして紅璃(あかり)嬢がいる。彼女の個性は、恐らく男性作家では描ききれないものではないか。つまりとらどらで出て くるような「とっくみあい」という非常にわかりやすいことは絶対にしない、アダルトサイトに相手の携帯アドレスを勝手に登録して相手に携帯を使わせないよ うにする、という非常に効果的かつ陰湿な、ライバルの排除が可能な知恵を持っている、ある種の「怖さ」を読者に客観的にも納得理解させることのできる美少 女キャラクターというのは初めて見る。

つまり魅力的なライバルであり、彼女自身は非常に立っている。

最悪の手段としてどこかの男達に拉致監禁させて暴行して強引に身を引かせる、ぐらいのことは平気でやれそうな凄みを感じさせる。こうした凄みを持った少女を、男性作家は描ききることができるのか。

ちなみに全登場人物のBMI値は極めて低い。コードギアスの棒きれ体型は、少女の理想像連中だった、というのがよく納得できる。CLAMPの作り出したそれを、エロ原画から出発した稀代のアニメーターが非常に上手く翻案したのだ、というのがよくわかる。

「精霊の守り人」

アニメ。産む性と育てる性。少年が妊娠し精霊を出産し、その産婆を男性が行う。

恐らく「育てる性」を担った女護衛者は、もっと母性的な側面が出ていたはずだろうし、その演出も可能だったのだろうが、作ったプロダクションが攻殻機動隊 なので、もうどうやっても「輪廻転生した少佐が少年を護衛し、男どもを従えて難事件を解決する」ようにしか見えなくなってしまった。女護衛者の心の機微は ほとんど出ず、徹頭徹尾プロフェッショナルな少佐として護衛と日常の保護しかしない、という見方は、作ったところのせいかもしれないが、非常に男性的見方 のような気もした。女護衛者の少佐的側面はあくまで一側面にすかすぎない。

この中でいくつか結局開示されていない伏線があり、その内容は一体なんなのか気になっている。

・女護衛者を育てた「男性の短槍使い」が何故そこまでして女護衛者を育て守ったのか
 →ノリはほとんど子連れ狼である
・女護衛者が至ったかもしれない「相手を斬ることなく活かす」技というのは結局なんのためにあったのか
 →恐らくそれを使って精霊出産に関して少年の帝王切開をする案もあったのではないだろうか

「獣の奏者エリン」

上記の続編のような話。戦闘兵器としての獣を育てる少女と母親の話。父親とは死別している。前作が「守り産む」までだったが今度は「育て一人前にして戦場に出す(仕事をさせる」までがテーマとなっている。

片親としての母親に育てられながら同時に獣を「母親」として「育てる」少女の話。

育てる性。

男性作家でこれを正面から描くことは可能か?

**

「スケバン刑事」&「ピグマリオン」

男性作家による少女向け少女漫画。両者とも大人気を博した。自身の記録によれば「自分としてはもっと恋愛を中心とした話を描きたいと当時の編集長に言ったが、”恋愛話であればもっと上手くかける作家はいるから、あなたはあなたのジャンルで勝負しなさない”と言われた」

実際恐らくは女性作家では厳しいかもしれないアクションシーンと展開がてんこ盛りである。時代なのだろうか。つーかどうしてもこの当時の少女漫画、はいや今も少女漫画は基本的に「母親」との関係が一つの重要な要素になっている。

スケバン刑事

死刑執行を免れた「母親」を守るために特務刑事となって学園の潜入捜査を行う主人公。主人公は徹底的に憎まれるが、妹は徹底的に愛される(母親からの憎悪 と排除)。父親の不在(そもそもどんななれそめであんな顔の母親からあんな美少女姉妹が生まれたのか一切説明がなく、最後まで父親については作中では描か れない)。

・母親から徹底的に憎まれる主人公
 →脱出逃亡の際に自分の顔を硫酸で焼いて別人になるぐらいの覚悟がある
  →性別は女性だが、その行動様式と行動力、戦闘能力(主人公のヨーヨーの師匠)
   は男性を遙かに凌ぐ。しかしその陰湿かつ徹底的な主人公への憎しみは恐らく女性的である
・おっそろしく真正面なアプローチ(ある意味とらどら的である)をかける主人公
 →相手は「女みたいに髪の長い私立探偵」(当時の少女漫画の男性理想像)

ピグマリオ

妖魔の女王メデューサによって母親の精霊が石にされてしまったため、それを元に戻すために冒険に出る少年王子。メデューサの振る舞いや行動は、「育てる性」であり、恐らくはかなり母親というよりは父親である。反面教師。

・母親は当初から不在である
・父親の王は立派だが、実質的にはまったく役に立たない
・メデューサは憎むべき敵なのだが、同時にメデューサ側にもいろいろと事情がある
(メデューサが主人公の母親を石にしたのは、主に嫉妬であるが、それはもっと複雑な背景事情にもよる。両者はある存在の両側面であり、その両側面が分割されて神側と妖魔側に分裂存在として生存することになった)
・大きいオリエと小さいオリエによる二人のオリエ
・メデューサの息子と娘、疑似家族、しかしここにも父親はいない
 →この二人はとある事情により拾った
  →しかし最終的にはその息子と娘は殺し合い、生き残った息子もメデューサは殺す
・メデューサは一時地上に降りた時、とある王と恋に落ち、共に生きてしまうところだったのだが、極めて強引な職業意識によってその誘惑を振り切った(そこで共に生きられてしまったら話も終わってしまう)
・最終決戦でのメデューサの振る舞いは、明らかに父親的な「乗り越えるべき障害」であった

**

少女漫画は、基本的には「少女が母親になる」話である。極めて強引にまとめるのであれば。そのプロセス、過程が重要視される。

では「少年漫画」「青年漫画」の場合は?

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